2022年 第98回箱根駅伝各大学監督紹介

令和4年の第98回目となった箱根駅伝出場大学の監督を紹介する。大学時代名選手として活躍した分、勝ち方を知っている監督、無名ではあった分、選手の気持ちを理解する監督、選手の力を引き出すことに長けた監督と様々だ。監督の力量と人柄、箱根駅伝にかける大学の勢いなどで大学を選ぶのも偏差値で選ばない大学進学の一つといえる。

2023年箱根駅伝シード大学

青山学院大学 原 晋
中京大学に進学し、3年時に日本インカレ5000メートル3位。2004年36歳のとき監督就任

順天堂大学 長門俊介
出場チームで最年少監督。箱根駅伝優勝時、9区区間賞を取り貢献。2016年監督就任

駒澤大学 大八木弘明
箱根駅伝出場の夢を捨てきれず24歳で駒澤大学経済学部2部に入学し、働きながら勉学と練習に励み、関東インカレ(2部)をはじめ、様々な大会で好成績を残した。箱根駅伝には3回出場。2004年監督就任

東洋大学 酒井俊幸
東洋大学時代は1年時から箱根駅伝に出場し、4年時にはキャプテンを務めた。箱根駅伝では3回走る。2009年監督就任

東京国際大学 大志田秀次
中央大学で箱根駅伝出場し、4年時に8区で区間賞を獲得。2011年に創部で監督就任

中央大学 藤原正和
中央大学の中心選手として活躍。大学4年間の3大駅伝(出雲・全日本・箱根)に出場。箱根駅伝では1~3年時に山登りの5区を担当。1年時に区間賞を獲得。4年時には2区で8人抜きの走りを見せ、区間賞を獲得。大学4年時の2003年には、世界陸上選手権男子マラソン代表選考会を兼ねた第58回びわ湖毎日マラソンに出場し、日本人トップの3位入賞。2016年監督就任

創価大学 榎木和貴
箱根駅伝では史上7人目の4年連続区間賞獲得など中央大学の主力選手として活躍。1996年3年時の第72回箱根駅伝4区では4人抜きで2位まで順位を上げ、中央大学32年ぶり14回目の総合優勝に貢献。2019年監督就任

國學院大學 前田康弘
駒澤大学で箱根駅伝では2、3年ともに7区3位を走り、4年時は主将として4区8位で駒澤大学の総合優勝に貢献。2009年監督就任

帝京大学 中野孝行
国士舘大学で箱根駅伝には4回出場。59回大会で10区(区間8位)、60回大会で2区、16位、61回大会で4区3位、62回大会で2区8位を走る。2005年監督就任

法政大学 坪田智夫
世界陸上パリ大会男子10000m日本代表。第86回日本選手権男子10000m優勝。2013年監督就任

2023年 箱根駅伝予選会に回った大学

東海大学 両角 速
東海大学体育学部で箱根駅伝を4年連続で力走した。2011年監督就任

神奈川大学 大後栄治
日本体育大学で箱根駅伝出場を夢見ていたが、故障もありマネージャーに転向。1999年監督就任。箱根駅伝優勝2回の実績を持つ。

早稲田大学 相楽 豊
早稲田大学1年生・大学3年生の時に箱根駅伝に出場。大学1年生時の2000年大会ではチームは総合3位、大学3年生時の2002年大会ではチームは総合6位になるなど好成績を残す。大学4年生の時には主将を務めたが、ケガのため出場できず、早稲田 2015年監督就任

明治大学 山本佑樹
大学1年次の1996年世界ジュニア陸上競技選手権大会5000mで7位入賞。第73回箱根駅伝予選会では1年生ながら個人2位の快走を見せたが、チームは8位に終わり本選出場できず。2018年監督就任

国士舘大学 添田正美
箱根駅伝に憧れ進学を目指すなか受け入れてくれたのが国士舘。マラソンの自己ベストは2時間11分45秒。2015年監督就任。

中央学院大学 川崎勇二
順天堂大学で箱根駅伝にて活躍。1992年監督就任し、94年に初めての箱根駅伝へ出場を果たす。

日本体育大学 玉城良二
日体大4年時に箱根10区を走り、区間3位でチームは準優勝。長野東高(女子)を2017年、2018年の全国高校駅伝で準優勝に導いている。2020年監督就任

山梨学院大学 飯島理彰
第67回大会1年1区8位、第68回大会 2年4区5位、第69回大会 3年1区4位、第70回大会 4年 4区2位。2019年監督就任

駿河台大学 徳本一善
1999年、法大のエースとして、2年時1区区間賞、3年時に2区を走り区間2位。4年時2区を走ったが、5.4km地点で右足肉離れを発症、途中棄権。2012年監督就任

専修大学 長谷川 淳
専修大学で2005年5区14位、 2006 年5区11位、 2007 年1区4位の成績を残す。 2016年監督就任

 

 

 

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